武富士の責任を追及する全国会議

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武富士一万人訴訟ニュース 第4号 

武富士一万人訴訟ニュース 第4号 

4、裁判官が入廷し、裁判が始まります。

10時になり、三名の裁判官が裁判席に入ってきました。
裁判長が真ん中の席に座り、両側に一名ずつ裁判官が座ります。

弁護団は新里団長をはじめとする9名の弁護士と原告本人のAさんの合わせて10名です。
被告側は代理人として5名の弁護士さんがいらっしゃいました。 

今回はテレビカメラの撮影がなかったのですぐに手続に入ります。
裁判長の「原告は訴状を陳述しますか」との発言に対し、原告代理人の及川弁護士が、「はい、陳述します」と回答していました。
被告の答弁書も同じように陳述されました。

裁判長からは、原告側に対して、原告が提出した証拠書類の説明書を次回までに提出するように指示がありました。
原告が提出する証拠のことを「甲号証」といいます。
証拠の説明書とは、提出した証拠書類で、裁判上どのような証明をしたいのか説明するものです。
訴状や準備書面と違い、文章ではなく、表形式になっているのが普通です。
「証拠説明書」と呼ばれます。
今回甲号証は、甲1号証~甲3号証の三つでした。
甲号証は期日の前に裁判所と相手方にコピー等の写しを送り、期日で原本を裁判長と相手に確認してもらうことになっています。
今回、原告が送った写しは、次回証拠説明書の提出とともに、原本確認をすることになりました。

いつものように、傍聴席からは訴状や答弁書の内容はわからないのですが、弁護団の先生によると、第一陣の訴訟のときと違って、被告は答弁書で原告に対する反論を多く書いていました。
これは、第一陣の訴訟のときの原告の訴状の内容を検討して、反論を考えていたからだと思われます。
また、反論の内容が多いことに加え、被告からも多くの証拠が提出されました。
この被告が提出する証拠のことを「乙号証と呼びます」

5、被告が提出した証拠

今回、被告は証拠説明書とともに、証拠の原本を持参していたので、法廷で原本の確認をすることになりました。
その中に、武富士が債務者に交付した「ATMの明細」がありました。
これは武富士が債務者からATMから弁済を受けた際、ATMが発行する書類です。

このATM明細を、手に取って内容を見た及川弁護士が「これは実際に使われていたものですか」と被告代理人に聴きました。
被告代理人は「そうです」と回答しました。
すると及川弁護士が「会社が持っているはずのATM用紙を、なぜ武井さんの相続人から出てくるのですか」と聴きました。

この質問はもっともなものです。
武富士という会社と、今回被告になっている創業者一族は、法律上別の人格です。
武富士が交付した書類を武富士が提出する、というのであればわかりますが、全く別人の武井家創業者側から、会社の書類が出てくるというのは何か理由があるはずです。

被告代理人は、「更生前に武富士が使っていて不要になったものです」と回答していましたが、不要になったからといって会社の資料を役員が持っている理由にはなりません。

及川弁護士は、「このATM用紙の所有者は誰ですか?もしかして、武井さん一族のどなたかが武富士でお金を借りたときのものですか」と問い合わせていました。
武井さんの一族でどなたかが武富士からお金を借りて、ATMで返済し、その時に交付されたATM用紙を持っているなら、裁判で証拠を提出できる理由になります。

被告代理人は「武富士が所有権を放棄したものと聞いています」と回答していました。

及川弁護士は、「他に契約書や、領収書をお持ちですか」と聞いていました。これには「聞いていません」と回答されました。

ここで、証拠の取り調べは終わり、裁判長から、原告代理人に対して次回までに被告の答弁書に対する反論をするよう指示がありました。

6、原告ご本人の意見陳述

裁判の手続上のやりとりが終わったので、これから、原告本人と新里団長の意見陳述が始まります。
なお、ここまでの裁判長や及川弁護士、被告代理人の発言や、この後の原告ご本人、新里団長の発言の記載は、全て僕が傍聴しながらメモをしたものを元にしていますので、完全に正確なものではないことをお断りしておきます。
これまでのニュースや今後のニュースでの発言の記載も同じです。

まず、原告ご本人であるAさんの意見陳述が始まりました。
Aさんは法廷の真ん中にある席に立ち、ご自身で用意された原稿を読みあげはじめました。
新里団長の意見陳述でも同じですが、口頭で意見を述べると言っても、原稿は用意します。
また、裁判所に事前に送っておきます。

Aさんは、少しづつ、原稿を読みすすめていきます。
子供の入学時期が重なり、一番お金がかかったときに借りたこと。
今回武富士から送られてきた「法定金利計算書」を見て、昭和57年から平成22年まで取引が続いたことを知り、恐ろしくなったこと、そして、Aさんは一度も遅れずに支払ったので、ひどい取立にあったことがない、と述べたあと、「陳述書には書いていませんが、支払いを遅れたことがなかったのは、テレビで、サラ金に追われ、取立でドアに貼り紙をされたり、樹海で自殺した人もいることを知っていました。子供にも、親戚にも言えなかったです。」と言っておられました。
Aさんは戦争で親ときょうだいを亡くしているそうです。
そして、同じような「逆境にいる人」が世の中にいっぱいいると、述べられていました。
Aさんは途中から泣きながら陳述をしておられました。

裁判官3名の内、裁判長と傍聴席から向かって右に座っている裁判官(「左陪席」といいます。)がしっかりと聞いている様子がわかりました。
Aさんが、陳述を終えられたとき、裁判長と左陪席が、Aさんに一礼をされていました。

7、新里団長の意見陳述

Aさんの陳述のあと、新里団長の意見陳述がはじまりました。
新里団長は、仙台から会議や期日にいらっしゃいます。
震災で大変な中、会議や期日でお会いすると、ほっとします。

8、次回期日の打合せ

新里団長の陳述が終わったあと、裁判長と原告弁護団、被告弁護団の間で、次回期日の打合せがはじまりました。
次回は来年2月6日の10時からです。
今回、傍聴席が空いていたので、通常の法廷に指定されるかと思っていましたが、大法廷となりました。
傍聴人がたくさんいると、裁判官も「この傍聴人たちがなっとくするような理由で判決を書かなくてはいけないな」と思うようです。

今後ともどうぞよろしくお願いします。

おわり

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